豊前国分寺で見た、左右の向きの三つ巴紋
福岡県みやこ町の豊前国分寺。
ここは聖武天皇の勅願によって全国に建てられた国立寺院で、創建当時は九州東北部の文化の中心だったと言われています。

この寺院の門の屋根をじっと見ていたら、三つ巴紋に気付きました。

明治というわりにはピカピカ?屋根の装飾がまだ新しく見えました。
宇佐神宮と同じ、左三つ巴紋です。
しかしなぜ「明治」。

では逆の屋根も同じかと思って眺めてみたら、なんだか先程より古びているような…。
よく見ると、逆向き。
右三つ巴紋でした。
同じく白鳳寺院跡近くの宇佐市・法鏡寺 貴船神社でも同様の現象

同じような現象は、宇佐市の法鏡寺・貴船神社でも見ることができました。
法鏡寺の近くにも白鳳寺院の跡があります。
その貴船神社でも、左右の三つ巴紋を見つけていたのです。

神社の隅に、鬼瓦・菊が刻まれた瓦・鯱などと隅に置かれていたなかに、右三つ巴紋が刻まれた瓦もありました。

そして左三つ巴紋が刻まれた、まだ新しそうな石灯籠も。
視覚的な伝言
なぜ、このような違いが、あえて目に見える形で残されているのでしょうか。
文字として記録に残すのではなく、瓦や石の形を変えることで、誰かが「何かが変えられたこと」を伝えようとしている。
そんな意図があるようにも感じられないでしょうか。
誰かは、消したくない土地の記憶があったのでは。



