歩き直して見つけた「土地の記憶」みやこ町の豊津神社(山王宮)に揃いすぎたキーワード

歩き直して見つけた「土地の記憶」豊津神社(山王宮)に揃いすぎたキーワード
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ここ数年右三つ巴紋や、現地で見て感じた違和感を追ってきました。

フィールドワークして集めていった、記録から浮かび上がる、ある推論を裏付けてくれるものを、豊前国分寺近くの豊津神社で見つけることができました。

目次

豊前国分寺近くの豊津神社で見つけた痕跡

豊津神社なのに「山王宮」

「豊津神社」なのに「山王宮」の扁額。

ここは、以前は「山王宮」だった?

豊津神社(以前は山王宮?)の社殿に一対の龍の彫刻

拝殿の屋根に、ひっそりと、一対の龍の彫刻。

豊津神社 片隅の石祠

神社の片隅に石祠があると思ったら

豊津神社 石祠

よく見てみるとそこには

薄く色がついた石の周りに、字が刻まれた石板もありました。

「白竜権現」「三宝荒神」

豊津神社

「天神」「水神」「正八幡」

大日如来

大日如来。

豊津神社 貴船神社

拝殿の横の小さな社は

豊津神社 貴船神社
豊津神社 貴船神社

「中組貴船神社」

本殿 豊津神社

本殿には

豊津神社 本殿 獅子と牡丹

獅子と牡丹の彫刻。寺社に多いとされる彫刻ですが。

獅子は男性、牡丹は女性を表している?

今までの謎と、豊津神社に残されたものを照らし合わせると

豊のくにあと謎イメージ

私がこれまで追って、現地を歩いて記録をとって、浮かんできた謎のイメージです。

この国にはかつて、ある一対の存在が祀られてきたのではないかという想像。

この豊津神社で見たものは、そのキーワードと一致していました。

一対の龍の彫刻は、雌雄一対の龍神を。

「三宝荒神」と「水神」は、火と水、一対を。

大日如来は、金剛界と胎蔵界の一対を。

正八幡宮では、右三つ巴紋を社紋に持つ神社を見つけてききました。

「天神」。

実はこれまで、苅田町箕島の海沿いの神社で天神社があって、妙だとは思っていたのです。

扁額の「山王宮」については、かつて海と山は同じだったのでは…と感じていました。

その王ということは、海の王を示しているのかもしれません。

おわりに。以前訪れた時には気づけなかった

この豊津神社は、左三つ巴紋と右三つ巴紋を一対で見つけた「豊前国分寺」の近くの神社です。

神社と寺は明治以前は一緒だったのであれば(神仏習合)、この神社がおそらくそうではないかと思います。

豊前国分寺といい、この豊津神社といい、今回ばかりは残された意図を感じるものでした。

誰かが消そうとして、誰かが残そうとした土地の記憶ではないかと思います。

あまりにも、揃いすぎていて。

ただ、この神社にも、豊前国分寺にも、私は以前訪れていたんです。

でも、気づけなかった。

これまでのフィールドワークで見て、知ったことで、ようやく見えるようになったといえるでしょう。

今まで訪れたところも、写真を見返してみて、あっと驚く発見が多々ありましたから。

辿ってきたところを歩き直したら、また違うものが見えてきそうです。

この記事やサイトを見てくださった方も、このサイトでお伝えした史跡を辿るときがあれば、ぜひじっくりと史跡のなかを眺めてみてください。

たとえ言葉がなくても、目で見たら伝わる形で残っているかもしれません。

古代の人たちと環境や文化は違っても、同じ人間だから、感じる感覚は意外と同じなのではないでしょうか。

豊津神社(山王宮)の場所

〒824-0123 福岡県京都郡みやこ町国分277

深く読みたい方は

豊のくにあとの内容を深く読むには
→ 歴史の謎の記事をまとめて読む

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この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

豊のくにあと運営者。
福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。

2021年に移住。フォトライターとして取材を重ねる傍ら、ひとりでこのメディアを立ち上げ、ZINEの制作・販売まで行っています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も。どちらも自分の「媒体」として、このエリアの魅力を発信し続けています。

免責事項とお願い

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