【大分県豊後高田市】三笠山春日神社 2026年4月 撮影記録

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二度目の三笠山春日神社。

一度目は写真を撮っていなかったので、今回は一眼レフを携えて訪問しました。

目次

春の三笠山春日神社へ

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神社の周りはちょうど菜の花がたくさん咲いていました。

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ちょうどといいますか、神社の公式instagramを拝見して、咲いていることは存じていました。

これも楽しみで足を運んだ次第です。

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神社の入口を正面から。

神社があるエリアは小さな山のようになっています。

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この日はとても綺麗な青空でした。

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鳥居をくぐりぬけると、なだらかの石段。

両側には石灯籠などが並びます。

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三笠山 春日神社由緒
祭神 春日四柱大神
鎮座地 豊後高田市草地三笠山五二〇六番地
例祭 四月十五日(春日祭)
宝物 潮汲み神事絵巻、木造獅子形、翁面、龍虎図屏風
史跡 潮汲み神事祭場(大字呉崎)
境内社 八坂神社 (祇園社) 厳島神社(弁天社)
いまから約一千二百年前の大同四年(八〇九年)、雷鳴と稲光のなかに白髪の老翁が白鹿にまたがって現れ、「我は三笠山に住める翁ぞ」と告げて南東に飛び去りました。これぞまさしく南都春日大明神の神霊であるとして、社殿を建立したのが当社のはじまりとされて います。
以来、豊後守護職である歴代大友氏は当春日社を特別に崇敬し、獅子形一対や翁面などを奉納したり神幸祭を始めとした年中の祭事を整えました。途中、耶蘇教におぼれた宗麟の虐政により四殿並立の本殿ほか社殿社地は焼きはらわれてしまいましたが、氏子による宝殿一字の再建を契機に、細川・小笠原・島原松平家等 の藩主の庇護を受けて再び社勢を取り戻し、明治維新を迎えました。
明治六年に郷社に列格、同三十九年には神饌幣帛料供進神社の指定など、西国東を代表する神社の一つとし内外の崇敬を受けつつ大正十年に拝殿の改築や諸社殿の改修を行い、現在見るたたずまいとなりました。 またこの時代に、当地草地には川面学問所や涵養舎といった県北きっての教育施設があったことから、とり わけ学問をそして児童生徒を守護する教育の神として 広く信仰されてきました。
しかしその後は、戦後の過疎高齢化や老朽化した社殿など厳しい運営が続いていましたが、平成十二年に奉賛会を結成して募金に着手、「平成大改修事業」とし 本瓦葺きでのお屋根替えや神輿の新調そして神社誌 の刊行を行い、社頭の面目を一新しました。さらに 引き続いて駐車場の整備や三笠山の植樹といった事業 を実施するなど、県内最古の春日社である当社のご神威は益々高くご神徳の発揚は弥増しています。

「雷鳴と稲光のなかに白鹿にまたがって現れる白髪の老翁」。

白い鹿と白鬚、それに「潮汲み神事」も気になります。

たしか同じ豊後高田市の田染地区でも行われている神事ですよね。

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立派な門です。

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よく見ると、菊の花の紋章が刻まれています。

北部九州で度々見かける「菊」も気になります。

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山門の左右には神像、ということはこちらの門は「随身門」ということになるのでしょうか。

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随神門にかけれている幕には鹿の角の意匠。

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また、石灯籠にも

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鹿の角が刻まれていました。

初めて見ます。

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拝殿の屋根にも鹿の角。

三つ巴紋は、私が追っている右三つ巴紋とは逆の「左三つ巴紋」ですね。

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木鼻です。

目が入っているのが珍しいですね。

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狛犬の木鼻自体も珍しいと聞いたことがあります。

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拝殿にはめこまれている木の細工。

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これも珍しいんじゃないでしょうか。

以前、これと似たようなものが、行橋市の今井熊野神社でもありました。

一枚一枚ストーリーがあるように見えました。

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写真右側が拝殿、左側が本殿という造りのようですが、本殿エリアに入ることもできました。

石段の先に二本の石柱…これも標柱なのでしょうか。

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二本の石柱の間を通った先には小さめの狛犬。

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片耳がない?

よく見ると口のまわりがうっすら赤い色が残っています。

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逆サイドの狛犬を見ると、はっきりと赤い色が分かります。

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狛犬の背後の境内社の後ろの桜がとても綺麗でした。

由緒書きには境内社が「八坂社」と「厳島神社」と書かれていました。

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本殿右側からの写真です。

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本殿に向かって左、片耳の狛犬(口を閉じた吽形)側をよく見てみると、抜け道があり、その先に鳥居がありました。

なんだか不思議な道です。

https://toyonokuniato.com/tag/fukuoka-prefecture/

赤い色がついた、古そうな石灯籠。

この赤い色が、私はずっと気になっているのです。

https://toyonokuniato.com/tag/fukuoka-prefecture/

鳥居の先を抜けてみると、「春日神社」と扁額に刻まれていました。

しかしその左側を見ると、また不思議な場所がありました。

https://toyonokuniato.com/tag/fukuoka-prefecture/

周りが水路のように彫られた、両サイドから橋が渡された島のような場所。

https://toyonokuniato.com/tag/fukuoka-prefecture/
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AIで調べてみたら、古墳の「造出(つくりだし)」や「亀形祭祀」の系譜、浄土庭園の影響を受けた「中島」の可能性があると言われましたが、どうなのでしょう。

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その隣には、小さな石祠と石灯籠がありました。

どうやら向きは神社と反対側のようでした。

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こちらが正面です。

何かヒントはないだろうかと石灯籠を見ていると、おそらく地域の方から「かめやまさまだよ」と教えていただきました。

「亀山」という名前でこの近辺の史跡といえば、宇佐神宮の亀山神社が浮かびました。

宇佐神宮の本殿があるのは、亀山(小椋山)の頂上部ですが、何か関連があるのでしょうか。

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そして石灯籠をよく見てみると、ここにも「菊」の花らしき彫刻が。

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さて帰る時間が迫ったため、駐車場に戻ります。

戻る途中、拝殿近くにもオレンジがかった石灯籠を発見。

オレンジ、赤、気になる色が多い神社です。

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鹿の角の幕がかかった随神門を抜けると

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狛犬がいました。

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よく見たら

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吽形の狛犬の足元には玉遊びをしている子供の狛犬。

ご家族でしたか。

このタイプの狛犬は、同じく豊後高田市内の日枝神社でも見ることができました。

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駐車場近くにも立派な石燈籠。

来る時はこの石灯籠と鳥居が目印になりました。

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そして帰る直前。

神社と反対側に向く石祠。

どんな意味を持っているのでしょうか。

三笠山春日神社の場所

〒879-0601 大分県豊後高田市草地5207

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この記事を書いた人

ぶぜんノートのアバター ぶぜんノート フォトライター

豊のくにあと運営者。
福岡県の東の端っこで、写真と文章を綴る人。

2021年に移住。フォトライターとして取材を重ねる傍ら、ひとりでこのメディアを立ち上げ、ZINEの制作・販売まで行っています。
拠点は、古民家を借りて開いた小さな図書館。
Webも、リアルな場所も。どちらも自分の「媒体」として、このエリアの魅力を発信し続けています。

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