織幡神社で見つけた応神天皇。『日本書紀』に残る機織りとの意外な関係

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福岡県宗像市鐘崎に鎮座する織幡神社(おりはたじんじゃ)。

この神社を調べていて、境内に応神天皇を祀る高殿神社があることを知りました。

織幡神社の主祭神は武内宿禰です。では、なぜ境内に応神天皇が祀られているのでしょうか。

気になって調べてみると、応神天皇の時代に、呉から機織りや縫製に関わる女性たちがやって来たという『日本書紀』の記述に行き着きました。

さらに、その女性の一人が宗像大神に奉られたという話も残されています。

応神天皇と機織り。普段あまり結びつけて考えることのない組み合わせです。

目次

織幡神社の境内に祀られる応神天皇

織幡神社は、宗像市鐘崎の岬にある佐屋形山に鎮座する神社です。

『延喜式』神名帳にも記載された古社で、宗像大社の境外摂社にあたります。

主祭神は武内大臣(武内宿禰)。ほかに住吉大神、志賀大神、宗像大神、八幡大神などが祀られています。

参道の石段を上がった途中には、高殿神社という境内社があります。

ここに祀られているのが応神天皇です。

高殿神社は、応神天皇を織物の神として祀る神社と紹介されています。

織幡神社という名前に、境内の高殿神社。そして応神天皇。

この組み合わせが気になり、応神天皇と機織りの関係を調べてみました。

応神天皇の時代、呉からやって来た四人の女性

『日本書紀』の応神天皇三十七年二月の条には、阿知使主(あちのおみ)と都加使主(つかのおみ)を呉へ派遣し、縫工女(ぬいめ)を求めさせたという記述があります。

二人は高麗を経由して呉へ向かい、呉の王から四人の女性を得ました。

その名前は、兄媛(えひめ)、弟媛(おとひめ)、呉織(くれはとり)、穴織(あなはとり)です。

「縫工女」とは、衣服を縫う仕事に携わる女性のことです。

この記述から、応神天皇の時代に、衣服や織物に関わる技術を持つ女性たちを海外から迎えたという伝承があったことが分かります。

ただし、ここで注意したいのは、応神天皇自身が機織りをしていたという話ではないことです。

応神天皇の命によって、工女を迎えたという記録なのです。

四人のうち一人は宗像大神へ

さらに興味深い記述があります。

『日本書紀』応神天皇四十一年二月の条です。

阿知使主らが呉から筑紫に到着したとき、胸形大神(むなかたのおおかみ)が工女を求めました。

そこで、四人のうち兄媛を胸形大神に奉ったと記されています。

残る三人は阿知使主らとともに津国へ向かい、その後、大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)に献上されました。

『日本書紀』では、兄媛を筑紫国にいた御使君の祖とし、残る女性たちの子孫を呉衣縫・蚊屋衣縫としています。

つまり、呉から来た四人の女性のうち、一人は宗像大神に奉られたという話が、古い記録に残されているのです。

織幡神社と応神天皇

織幡神社の境内に応神天皇を祀る高殿神社があることから調べ始めた今回の話。

応神天皇の時代に呉から工女が迎えられ、その一人が宗像大神に奉られたという『日本書紀』の記述にたどり着きました。

織幡神社の名前の由来には、武内宿禰が赤白二流の旗を織ったという別の伝承もあります。

織幡神社には、武内宿禰と旗の話、そして応神天皇と工女の話が重なっています。

それぞれの伝承が、どのような経緯でこの神社に結びついてきたのかは、まだ分かりません。

ただ、境内に祀られた一柱の神様をきっかけに調べてみると、古い記録の中に、宗像の神様と織物に関わる女性たちの話が見つかりました。

参考

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