大分県中津市本耶馬渓町。
青の洞門の近くに、競秀峰と呼ばれる岩峰群があります。
その岩壁にある妙見窟には、平安時代につくられた木造妙見菩薩坐像が安置されているそうです。
日本遺産の構成文化財にも登録されているこの像は、耶馬渓の景観のなかに残る、古い妙見信仰の痕跡のひとつのようです。
平安時代前期の妙見菩薩像
中津市の文化財資料によると、妙見堂の木造妙見菩薩坐像は、平安時代の作風を伝える一木造りの像。

また、文化財の指定資料には、妙見菩薩坐像に加えて、男神像・女神像、別の妙見菩薩像、阿弥陀如来像、菩薩形神像なども附属するものとして記載されています。
妙見窟には、妙見菩薩だけでなく、複数の像が伝えられてきたことがわかります。
妙見菩薩の姿は、時代とともに変わる
妙見信仰は、北極星や北斗七星への信仰と結びついた仏教的な信仰です。
八代の妙見信仰で知られる、亀蛇に乗った妙見像とは異なり、平安時代の妙見菩薩像には、穏やかな菩薩の姿をしたものが見られます。
妙見菩薩の図像は、時代とともに変化してきました。
耶馬渓の妙見像は、そうした変化を考えるうえでも、興味深い存在です。
岩窟に祀られた妙見さま
妙見窟は、競秀峰の岩壁にあります。
日本遺産の紹介では、妙見窟に平安時代の木造妙見菩薩坐像が安置されていることが記されています。岩峰や窟、仏をめぐる道が連なる競秀峰の景観のなかに、この場所もあります。
いつ、誰がこの場所に妙見菩薩を祀ったのか。どのような願いが込められていたのか。
現在確認できる資料だけでは、詳しい由緒まではわかりません。
ただ、平安時代の妙見菩薩像が、今もこの岩窟に伝えられている。
耶馬渓の山々を歩くとき、こうした信仰の痕跡にも目を向けてみたいと思います。
参考資料
- 中津市「県指定文化財一覧」妙見堂木造妙見菩薩坐像
- 文化庁「日本遺産ポータルサイト」木造妙見菩薩坐像(競秀峰と競秀峰探勝道)
- 中津市歴史博物館「やばのみほとけ」出陳一覧
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