今年の春、福岡市博多区の住吉神社に足を運びました。

博多に住吉神社があるとは知っていたのですが、実際に訪れるのは初めてでした。
住吉神社とは
全国に2,100社以上ある住吉神社の中で、最古とされるのが福岡市に鎮座する「住吉神社」。ご祭神である「住吉三神」は航海・海上安全の守護神であると同時に、あらゆる災厄から身を守る神として古くから人々の信仰を集めてきました。古書では「住吉本社」「日本第一住吉宮」とも称され、大阪・下関とともに「日本三大住吉」の一社に数えられています。
社殿は、神社建築史上で最も古い様式といわれる「住吉造」によるもの。直線を基調としたシンプルなデザイが美しく、国の重要文化財に指定されています。広大な境内には8つの摂社・末社をはじめ、能楽殿や天竜池など見どころが満載。歩くだけで歴史と自然を感じる癒しの空間が広がっています。
また、住吉神社は相撲との縁も深く、境内には古代力士をかたどった像が建っています。この力士像の右手には「力」の字に見えるシワがあり、その手に触れると力を授かれるのだそう。相撲ファンはもちろん、パワーを感じたい方もぜひ訪れてみてください。
福岡県観光WEB クロスロードふくおか から引用
全国に数多く存在する住吉神社のなかで、最古の神社といわれる点に注目です。
大阪の住吉大社よりも、古いということになります。

広い敷地(神門の内側)

この時、住吉通り沿いの鳥居から境内に入っていきました。

池のそばに「住吉三日恵比須神社」
鳥居をくぐった先は

池、その奥に社殿がありました。

恵比須さまの神像。


池の周りには野鳥が休憩中でした。
博多駅の近く、都会の真ん中の鎮守の森です。
住吉神社唐門

池の先へ進んでいくと、朱色の門が現れます。

唐門手前には石碑。

唐門の案内板。
福岡市指定有形文化財(建造物)
Designated Cultural Property of Fukuoka City
平成22年3月18日指定 (第195号)
住吉神社唐門
すみよしじんじゃからもん
GATE (KARAMON) OF SUMIYOSHI SHRINE
1間1戸の平唐門。 屋根に唐破風 (中央がむくり、両端がそる形)がある門を唐門とよび、唐破風が側面にある門を平唐門、正面にある門を向唐門という。この唐門はかつて本殿の前にあり、18世紀末から19世紀初頭(江戸時代後期)に建
てられたと考えられている。 小規模だが、檜皮葺の屋根が美しく、細部が華やかな朱塗の門。市内では希少な江戸時代の平唐門であり、貴重な建造物である。
(建築様式) 禅宗様の円柱には虹梁・頭貫・台輪がとりつく。 組物の大斗絵様肘木が柱の上にのり、柱と柱の間にも組物がある。 柱に二重の差肘木があり、差肘木の上に斗と絵様肘木をのせて桁をうける。 軒には疎らに輪垂木を配り、破風の頂部には猪目のつく兎毛通しをもうける。
平成26年3月
福岡市 Fukuoka city みんなの文化財を大切に
かつて本殿の前にあったものが、この場所に移動されたようです。
ここは住吉神社のどちらかといえば隅、目立たないエリアです。
いつ、なぜ移動されたのでしょうね。
荒熊稲荷神社・白鬚稲荷神社・のぞき稲荷(奇岩)

唐門の先に進むと、稲荷神社の鳥居群が見えてきました。

扁額には「白鬚稲荷神社」「荒熊稲荷神社」と書かれていました。

鳥居群を抜けると、木陰の巨岩と小さな鳥居に目を引かれました。

なんでしょう、この岩は。

のぞき稲荷
稲荷大神の御霊験にあやかって、まずこの奇岩(くしきいわ)の鳥居から中をのぞき込んで下さい。
次に、自らの姿を御鏡に写して、ひとつ願いを掛けると祈りが聞き届けられると云われ ています。
Please be quiet
「のぞき稲荷」。
このような稲荷神社は初めて見ました。
「くしきいわ」という読み方、それに「鏡」が印象的です。

「奇岩が傷むので、お賽銭はお賽銭箱」。

稲荷神社エリアの石灯籠。春日灯籠のような形です。

笠の部分に草が生えていて、歴史を感じます。
しかしその下の火袋の部分は、色も質感もかなり違う感じ。笠の部分より新しいように見えますね。
船玉神社・志賀神社・人丸神社・菅原神社

稲荷神社の先に、小さな社が4つ並んでいました。

船玉神社。
御祭神が猿田彦大神です。
猿田彦大神といえば「道」というイメージでしたので、「船」がつく神社名の御祭神であることを不思議に思いました。

志賀神社。
御祭神は綿津見大神。
海の神様です。

志賀神社の脇に小判がありました。小判の説明は看板より、以下。
「住吉大神」「志賀大神」は黄泉から帰った伊弉諾大神の禊の際に生まれたことや、海や水に関わる全てを司る神として又、龍の都、龍の宮ともいわれていたといういうくだりに注目です。
龍の都、龍の宮が指すのは、この住吉神社なのでしょうか、それとも志賀神社なのか。
志賀神社福分小判
この小判は、志賀大神を氏神とする豊の国 (大分県) 久住 志賀氏が宝に当した事を報恩感謝し、ご参拝の皆様にも「福」が授けられる事を願い、 住吉神社の摂社である志賀神社に奉納建立したものです。
住吉大神 志賀大神は黄泉の国から戻られた伊弉諾大神が黄泉の穢れを清らかな水で禊を行った際に、共にお生まれになられました。
雨が川となり、海を満たし、雲となって天に昇る此の世の浄化の営みそのものです。
その後、天照大神、月読命、須佐之男命の三貴子が誕生し此の世を希望で満たしたのです。
海や水に関わる全てを司る神として又、龍の都、龍の宮とも云われています。
そのようなご縁に鑑み小判には、鯉が龍神に成る様を描い ております。
ご参拝の皆様に「福」多き事を願い弥栄をご祈念致します。
小判に触れられて、良いご縁をお結び下さい。
昇鯉・・・恋愛成就
昇龍・金運上昇

人丸神社。
御祭神は柿本人麻呂です。
柿本人麻呂は飛鳥時代を代表する歌人です。
神社の御祭神は、神話のなかの登場人物ではなく、実在の人である場合もあります。

菅原神社。
御祭神は菅原道真公です。
住吉神社本殿

住吉神社本殿です。

本殿の屋根近くには、宇佐神宮と同じ左三つ巴紋がありました。
私はずっと、この三つ巴紋の向きが気になっています。
古代力士像

本殿に向かって右側の石像に目が止まりました。

古代力士像
住吉大神をお祀りする神社が全国に約二千社ありますが、当社はその最初の神社と云われており、古書にも「住吉本社」「日本第一住吉宮」等と記されております。 こ創建は、今から約壱千八百年前に遡り、相撲とは大層ご縁が深く相撲の神としても広く尊案を定めております
その昔、新横綱は横綱の免状取得に際し、熊本の吉田家に行った帰路必す 当社に参拝されておりました。
現在は(財)日本相撲協会主催による横綱奉納土俵入りを行っております。い此処にその由縁を以て、古代力士像を建立する事になりました。
平成二十五年十一月二日
筑前國一之宮 住吉神社
宮司 横田昌和
大阪の住吉大社よりも古い、「はじまりの住吉神社」に古代力士像。
書籍「宇佐神と安岐郷奈多宮」のなかで「相撲は、土着化して農耕に従事した海人族の神事であると考えることができる。」(「海神宮訪問神話の研究」)という一文があり、それを思い出しました。

神門の外側へ

本殿側から神門の外へ。

神門を守る狛犬(吽形)。

阿形の狛犬。
どちらも角が生えています。

随神。
少名彦神社・猿田彦大神の石碑

少名彦神社。
なぜか神門の外に祀られていました。

猿田彦大神の石碑がありました。
神門の中の人丸神社と同じ「猿田彦大神」です。
住吉神社の鳥居

私は違う方角から住吉神社に入っていきましたが、本来はこちらが正面入口のようでした。

鳥居の扁額に「住吉宮」と刻まれていました。
道路を挟んだ海側に「天津神社」
住吉神社の最も海・川近くには天津神社がありました。

住吉神社の正面鳥居から、道路を挟んで向こう側に渡ります。

天津神社があるのは、小さな池の中の島です。

橋を渡ります。

たくさんの鳩の憩いの場所になっていました。

池の名前が分かりました。
天竜池です。
天竜池
その昔、満潮時には塩原の辺りまで海の水がさかのぼり、この池にも達しておりましたので、
一名、汐入池とも呼ばれ、伊弉諾大神が禊祓をした霊池と伝えられます。西の海 檍が原の波間より
あらはれ出し 住吉の神
天津神社(あまつじんじゃ)
創建年代不詳
ご縁結び、開運除災
ここは昔、海の水がさかのぼる池だったようです。
「伊弉諾大神が禊祓をした霊池」ということは、「住吉大神」「志賀大神」が生まれた場所は、ここということなのでしょうか。


天津神社、正面から。

社の横には、楠。

霊験の大楠
樹齢約五百年の年月を経た現在も成長し続けておりますが、徐々に根がご社殿を傾け、ついには手を加えなければならない状態となり神社と共に信仰の対象となっている樹木でもございますので、伐採せずにご社殿を根の影響を受けない位置にお遷し致しました。
どうぞ大楠とのご縁をお結び下さい。
島の中に、社殿と共に育つ楠。
位置が少し変わったのでしょう。

島の中に、ハート型の石がありました。
住吉神社の訪問を終えて
豊前市に移住する前は北九州市に長く住んでいたこともあり、博多方面にはよく出かけていました。
ですが当時は住吉神社の場所の知らずにいました。
こんなに広かったとは。
そしてこんなに色々なものが残っているとなんてと驚きました。
単に、これまで見えていなかっただけなのかもしれませんが。
住吉神社の場所
〒812-0018 福岡県福岡市博多区住吉3丁目1−51



