伊邪那岐命が禊をした場所は、どこなのだろう

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博多の住吉神社を訪れたとき、境内にある「天竜池」の看板が気になりました。

住吉神社 天竜池 天津神社

そこには、

「その昔、満潮時には塩原の辺りまで海の水がさかのぼり、この池にも達しておりましたので、一名、汐入池とも呼ばれ、伊弉諾大神が禊祓をした霊池と伝えられます。」

とあります。

そして、その下には、

「西の海 檪が原の波間より
あらはれ出し 住吉の神」

という歌がありました。

博多の住吉神社は、住吉のはじまりとされる神社です。

大阪の住吉大社よりも古い起源を持つとされ、伊邪那岐命の禊祓によって住吉の神が現れた場所として伝えられています。

ところが、志賀海神社を訪れて、別の記述に出会いました。

志賀海神社

志賀海神社の御祭神である綿津見三神について、

「伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において禊祓をされた際に、住吉三神と共に御出現された綿津見三神」

と説明されています。

ここで、私は少し混乱しました。

博多の住吉神社では、境内の天竜池が伊邪那岐命の禊の場所とされている。

けれど、志賀海神社では、その場所を「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」としている。

そして調べてみると、宮崎市の小戸神社にも、同じ「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」の伝承が残っていました。

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福岡県と大分県の県境エリアで活動しているフォトライターです。
活動エリアは、北九州から東〜中津〜宇佐〜国東半島の北西部。
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