豊前や国東を歩いていると、「鬼」という言葉に何度も出会います。
豊前神楽の鬼。
修正鬼会の鬼。
猿田彦と伝わる鬼。
そして、寺や神社に残る鬼瓦。
最初は、それぞれ別の文化だと思っていました。
でも現地を歩いていると、不思議と近い場所に現れることがあります。
その中でも印象に残っているのが、宇佐市の法鏡寺貴船神社で見た瓦でした。
法鏡寺貴船神社は、白鳳時代の寺院跡の近くにある神社です。
境内の片隅に、古い瓦がまとめて置かれていました。

そこにあったのは、
・鬼の顔をした鬼瓦
・花の紋様の瓦
・右三つ巴紋の瓦
でした。
最初、その花は「菊紋」だと思っていました。
でも、各地の寺院跡や古瓦を見ていくうちに、仏教系の「蓮華紋」に近いものではないかと思うようになりました。

しかも、その瓦が置かれていた場所は「貴船神社」です。
鬼瓦。
蓮華紋。
右三つ巴紋。
そして貴船信仰。
本来なら別々に扱われそうなものが、なぜか同じ場所に並んでいた。
偶然かもしれません。


でも、宇佐市の下拝田の貴船神社や、日田の大原八幡宮でも、似た組み合わせを見ることがありました。

さらに、豊前神楽の鬼面には白髭のあるものがあります。
中津市の鍋島貴船神社で見た今津神楽社の鬼面にも、白髭がありました。

大富神社では、神楽の鬼を猿田彦と伝えています。
日田でも、白髭大明神を猿田彦とする伝承が残っています。
国東半島では、修正鬼会の鬼は「先祖」とも伝えられています。
こうして並べてみると、
鬼の面。
白髭。
猿田彦。
修正鬼会。
山伏文化。
貴船信仰。
鬼瓦。
それぞれ別のようでいて、どこか同じ気配を共有しているようにも見えてきます。
もちろん、現時点では断定はできません。
ただ、現地を歩いていると、「鬼」は単なる悪者としてだけではなく、もっと古い信仰や、人々の記憶を背負った存在だったのではないか——そんな感覚が残ります。

少なくとも、豊前や国東では、鬼は今も祭りの中に残っています。
そして、その痕跡は、瓦の中にも静かに残っていました。




