博多の住吉神社を訪れたとき、境内にある「天竜池」の看板が気になりました。

そこには、
「その昔、満潮時には塩原の辺りまで海の水がさかのぼり、この池にも達しておりましたので、一名、汐入池とも呼ばれ、伊弉諾大神が禊祓をした霊池と伝えられます。」
とあります。
そして、その下には、
「西の海 檪が原の波間より
あらはれ出し 住吉の神」
という歌がありました。
博多の住吉神社は、住吉のはじまりとされる神社です。
大阪の住吉大社よりも古い起源を持つとされ、伊邪那岐命の禊祓によって住吉の神が現れた場所として伝えられています。
ところが、志賀海神社を訪れて、別の記述に出会いました。

志賀海神社の御祭神である綿津見三神について、
「伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において禊祓をされた際に、住吉三神と共に御出現された綿津見三神」
と説明されています。
ここで、私は少し混乱しました。
博多の住吉神社では、境内の天竜池が伊邪那岐命の禊の場所とされている。
けれど、志賀海神社では、その場所を「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」としている。
そして調べてみると、宮崎市の小戸神社にも、同じ「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」の伝承が残っていました。
小戸神社は、古くは現在の宮崎市街地一帯を「小戸」と称したとし、その地を伊弉諾大神が禊祓をされた「祓の神事」由縁の地としています。神社名も、この「小戸」の地名に由来するものと説明されています。
では、伊邪那岐命が禊をした場所は、どこなのでしょう。
博多なのか。
宮崎なのか。
あるいは、私が今の地名をそのまま古い地名に重ねて考えていること自体が、間違っているのかもしれません。
不思議なのは、場所だけではありません。
博多の住吉神社では、伊邪那岐命の禊から住吉三神が現れたと伝えられている。
志賀海神社では、その禊の際に、住吉三神と綿津見三神がともに現れたと伝えられている。
そして、宮崎の小戸神社にも、その「禊の場所」の伝承が残っている。
三つの場所が、同じ神話につながっています。
私はこれまで、住吉神社と志賀海神社を別々に見ていました。
でも、こうして並べてみると、何かがつながっているようにも見える。
ただ、今の私には、それを一つの答えにすることはできません。
博多の天竜池。
筑紫の日向の橘の小戸。
宮崎の小戸神社。
そして、住吉三神と綿津見三神。
また、ひとつ点が増えました。
もう少し、この点を追ってみようと思います。



