宇佐神宮や多くの八幡神社と違う向きの三つ巴紋「右三つ巴紋」を国東半島の北端で見つけて以来、なぜ向きが違う三つ巴紋があるのかと調べています。

歴史の専門家に尋ねても「さぁ、考えたこともありませんね」との回答でしたが、自力で調べていくうちに、やはり意味があるのでは?と思いを強くしています。

右三つ巴紋の神社を沢山調べたり、分布図でも作ればもっと色々なことが分かるんじゃないかと調べ続けているのですが、すぐに全てに出向くのはなかなか難しい状態です。
すぐに行けなくても「いつか見に行きたい気になる神社」として、調べたことをメモ代わりに記事化しています。
福岡市糸島市二丈福井 白山神社のGoogleMapの画像で右三つ巴紋を確認
以前、右三つ巴紋がある神社を探した時、福岡市以西でよく見つかる気がしていました。
このメディアで追っているキーワード「熊野」「古墳」などとリンクする神社のほか、「白山神社」でも見つかったので、最近細かく調べ直しています。
この白山神社でも右三つ巴紋が見つかりました。

このメディアで追っているのは、古代の古層の信仰です。
九州北部が大和朝廷の勢力下になる前、別の大きな勢力があり、その痕跡を追っています。
メモ①:背振山系の北側、「二丈岳」を神体山とした山岳信仰とのつながり
菊理姫命は、日本書紀巻一の第五段一書(あるふみ)第十に登場します。
それによると、菊理姫命が伊弉冊琴と伊弉諾尊という夫婦の神様の言い争いを仲裁したという物語から、菊理姫命は離れているものや、すでに結ばれているものを紐で「くくる」ように強く結ぶ力があると言われています。
「白山さん」とも呼ばれ、災いをお祓い清めて、よい縁を結ぶ神様として仰がれています。
また、白山神社は、背振山系の北側にあり「二丈岳」を神体山とした山岳信仰が今も色づいています。命の水を地域に供給する二丈岳山頂には、菊理姫命が祭られており、年に一度9月16日に山頂で神事が行われます。水を司る神様として「五穀豊穣」「大漁満足」のご利益もあります。
糸島観光サイト つなぐいとしま から引用
背振山といえば、古くから聖なる山と信仰を集めてきた山です。
その北側にある「二丈岳」を御神体とし、山頂には菊理姫命を祭る祠が今でもあるようです。
また、菊理姫命はこのメディアで追っている「右三つ巴紋」を最初に見つけた、国東半島の北端の伊美崎社の御祭神と一致します。

メモ② 古くから地元に伝わる「福井神楽」が奉納される神社
5月第2日曜日に行われる春季大祭は、「五穀豊穣」「大漁満足」を祈る祭りで「としごいのまつり」とも呼ばれています。神事の後には、糸島市無形文化財「福井神楽」による全二四演目の奉納があります。
福井神楽は、宮崎県高千穂などで有名な岩戸神楽を独自の舞により繰り広げるもので、古くから地元に伝わり、親しまれてきました。元旦の0時過ぎからも五演目ほどが演じられます。明治から昭和期に何度か休止されましたが、その後「福井神楽保存会」によって復活、継承されています。
糸島観光サイト つなぐいとしま から引用
神楽が祭りで奉納される神社ということは、この土地で古くから何かあったことを示します。
以前、大分県宇佐市の古い神社の宮司さんからも耳にしたのですが、神社とは「祭り」が行われていることが重要とのことでした。
たとえば史跡や伝承があっても、祭りが無いのであれば、そこに何かがあったとはいえないというのです。
国立歴史民俗博物館名誉教授である新谷尚紀氏監修「神社に秘められた日本史の謎」でも、同様のことが伝えられていました。
神社よりも先にまず「お祭り」があった?
マツリとは神の霊威を教授すること
神社ではさまざまな「祭り」(マツリ)が行われる。神道ではマツリは祭祀とも神事とも呼ばれるが、その意義は、「神を祀る」ことにある。したがって、「神社とは、神マツリのための<場>であるという定義も可能だ。神社よりも先に、まずお祭りがあったとすら言えよう。
「神社に秘められた日本史の謎」p.32から引用
白山神社の場所
〒819-1631 福岡県糸島市二丈福井4909
なぜ右三つ巴を追っているのか? これまでの足跡はこちら
メモ代わりに残している「調査ノート」の記事ですが、もしも「右三つ巴紋とは何?」と興味をお持ちいただけたなら、以下の記事も併せてご覧ください。
右三つ巴紋と左三つ巴紋は何が違う?↓

右三つ巴紋の記事まとめ↓






