2026年3月16日。最近、改めて「福岡県神社誌」を読み返していると、以前は通り過ぎていた記述が目に留まるようになりました。
今回気になったのは、豊前市奥杉ヶ谷にある「水神社」の御祭神についてです。
まず、ここでいう奥杉ヶ谷の水神社は、有名な「畑冷泉」の水神社とは別の場所にあります。
GoogleMapでは見つけられませんでしたが、以前伺った話では四郎丸地区のかなり山奥に鎮座しているそうです。
なぜ今、この場所が気になったのか。それは、畑冷泉の水神社の年中行事に見つけた「おや」という違和感が発端でした。
年中行事から浮かび上がる御祭神
畑冷泉の水神社には、御祭神を記した看板がありません。
神社誌でも「水分神外三柱」とあるだけで、具体的な神名は伏せられたようになっています。
しかし、境内の行事看板にはこう記されていました。

水神社年中行事
一月六日 新年祭
三月十三日 宮ごもり神事
四月十五日 牛頭天王祭
四月 祇園祭
七月初旬 水開き神事
九月中旬 水納め神事
十月 秋祭神事
「神社という建物よりも、お祭りが先にあった」という説がありますが、この行事名が、本来の御祭神を指し示しているように思えます。
「牛頭天王祭」や「祇園祭」は、その名の通り牛頭天王(スサノオ)の祭でしょう。
「神社よりもお祭りが先にあった」ことは、国立歴史民俗博物館名誉教授・新谷尚紀氏監修「神社に秘められた日本史の謎」で書かれていました。
虫封じと中臣氏の影
もうひとつ気になったのが「宮ごもり神事」です。
同じ豊前市内の嘯吹八幡神社の解説によると、これは田植えの終了を感謝し豊作を祈る「さなぶり」の行事であり、「中臣の虫封じのお札」を水口に立てる神事でもあるといいます。
宮ごもり神事
このお祭りは「さなぶり」、当地方では「座祭り」「さなぼり」といわれ、氏神様におこもりして田植え終了を謝し、豊作を祈るものです。中臣の虫封じのお札を水口に立て豊作を祈る祭でもあります。
嘯吹八幡神社公式ウェブサイト から引用
「虫封じのお札」には覚えがありました。
以前、英彦山の高住神社で授かった札を私の古民家図書館に貼っていた際、安心院の宮司さんから「この神事を続けているところは珍しいですよ」と教えていただいたことがあったのです。
その背景に「中臣氏」の名が出てきたことには驚きました。
気になる史跡を辿ると、不思議と中臣氏(藤原氏)の足跡に重なることが多いからです。
結ばれた二柱、一対の神
さて、話を御祭神に戻します。
畑冷泉の神名がはっきりしないまま、神社誌で「奥杉ヶ谷の水神社」の項を確認したところ、そこには明確にこう記されていました。
福岡県神社誌より
水神社 水津波賣神・須佐男神 山田村大字四郎丸奥杉ヶ谷
同じ豊前市内の水神社であれば、その勧請元や信仰の根源は同じと考えてよいかもしれません。
奥杉ヶ谷の記述にあった「美津波賣神」と「須佐男神」。
それは、私がこれまで各地の史跡を辿る中で感じてきた、「水の女神」と「牛頭天王」という一対の存在を、改めて証明してくれているように思えるのです。


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