「企救の長浜」の「きく」は「聞」だった
先日訪れた、北九州市小倉北区長浜の貴布禰神社の記事を書いてから、分かったことがあります。
貴布禰神社に残された石碑と菊の花の彫刻を見て、音が同じであると気付き、「企救」について調べてみました。
すると、ネット上で、企救の長浜の歌「豊国の 企救の長浜 行き暮らし 日の暮れゆけば 妹をしぞ思ふ」の原文を見つけることができました。
豊国乃聞之長浜去晩日之昏去者妹食序念
万葉百科 奈良県立万葉文化館 から引用
万葉集の原文では「企救の長浜」にあたる箇所は「聞之長浜」。
「きく」とは「聞」でした。
そしてこの「聞(きく)」という言葉の意味を調べると、「聞く」ことは、古代において、神や精霊の言葉(宣命・神託)を「聞く」ことは、その霊威を自身の身体に迎え入れることと同義だったようです。

私が北部九州エリアで見つけた神社や石祠に刻まれた菊の花。
菊の花自体は、奈良時代に日本にやってきて、「不老長寿の妙薬」や「邪気を払う高貴な薬草」として重宝されたという歴史があります。
白山神社の御祭神「菊理媛」との関係は?
そしてこのメディアで追ってきた、水の女神とも、「菊」には共通点があります。
白山神社の御祭神「菊理媛(くくりひめ)」です。
菊理媛は、『日本書紀』に一度だけ登場する謎の女神で、黄泉平坂で争うイザナギとイザナミを仲裁した「和合・縁結び」の神です。白山信仰の主神「白山比咩神」と同一視されています。
また、「菊理姫」の「くく」とは「ききいれ」とも解されているという話が、白山神社の公式ウェブサイトでも伝えられていました。
さらに調べてみると、仏壇にお供えする花がなぜ「菊」の花なのかについて、興味深い記事を見つけました。
こちらのお話では、筆者が僧侶仲間に尋ねたところ「菊はきくでもこっち(聞く)のほう」「仏教では聞くという事を大事にしてきたから」と教えてもらったそうです。
筆者は歴史的には疑わしいが…と書いていらっしゃいましたが、私はなるほどと思ったので、ここに記しておきます。
この記事に近い記録




