右三つ巴紋、安曇磯良、武内宿禰、高良大社を辿っていくと、国東半島の奇祭「ケベス祭り」で知られる「櫛来社(岩倉社)」に高良様が祀られているという情報を見つけました。

岩倉社と同じ国東半島の豊後高田市田染に「高良社」
「高良」といえば、久留米大社の「高良玉垂命」が浮かびます。
久留米以外にも高良様が祀られていた国東半島。
さらに調べてみると、岩倉社と同じ国東半島の豊後高田市田染に「高良社」があることが分かりました。
GoogleMapの画像は、おそらく入口の防獣用の柵。
こちらの記事によれば、柵のところに「高良社」と書かれているものがある様子が伺えました。
写真などはなかったのですが、詳細な説明があり、480段の石段があるそうです。
先日、豊前市でのぼった大祖神社の石段が180段で、それでも息が上がりましたが、480段とは…
記事によると、神社には「善神王」と書かれた神額があったようですが、高良さまの別の呼び名なのでしょうか。
調べてみると、善神王とは武内宿祢(たけのうちすくね)であることが分かりました。
善神王(ぜんじょう)祭り
9月10日、国見町赤根の赤根社で「善神王(ぜんじょう)祭り」が行われました。善神王とは武内宿祢(たけのうちすくね)のこと。
武内宿祢は第12代の景行天皇から第16代の仁徳天皇までの5代に仕えた360余歳の長寿の神様なのです。江戸時代中期に赤根の住民が大分の賀来神社よりご分霊を勧請されたといわれています。民間信仰の形式のため社はなく在家を遷座する輪番制をしていたようです。そしてその御神体はなんと古い木箱に納められ「勧請善神王」と書かれた幟なのです。
国東半島 くにみ粋群 から引用
赤根社といえば国東半島の真ん中付近。
豊前方面から一般道で国見のほうに抜ける山側の道沿いにありました。
そしてそういえば、別府市を抜けて大分方面に向かう車のナビに「善神王」という神社の名前を見た覚えがありました。
賀来神社のクチコミなどを見てみると、「善神王」=「武内宿禰」というのはご存知の方が多いようでした。
今回「高良社」を追って、見落としていたことが分かりました。
高良社を辿ってみると、また発見があるかもしれません。
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