豊前には鬼の伝説が残っています。
それだけなら珍しくはありません。
鬼退治の話も、鬼が石段を造る話も、日本各地に伝わっています。
ですが、豊前の鬼を調べていて、少し不思議なことに気がつきました。
退治されたはずの鬼が、この土地ではなぜか忘れられていないのです。
求菩提山の鬼
求菩提山には、鬼の石段の民話が伝わっています。
昔、求菩提山の周辺には鬼が住み着き、村人たちの米や豆を盗み、暮らしを脅かしていたそうです。
困った村人たちは権現様に助けを求めました。
権現様は鬼たちを呼び集め、
「一番鶏が鳴くまでに千段の石段を造れ」
と命じます。
完成すれば村に住むことを許し、できなければ山を去ること。
鬼たちは驚くほどの力で石段を積み上げました。
ところが完成目前で、権現様が鶏の鳴き真似をします。
鬼たちは夜明けが来たと思い込み、山から逃げ去りました。

求菩提山の石段は現在八百五十段ほど。
伝説では、その続きを鬼が造ろうとしていたそうです。
ここまでは、よくある鬼退治の物語に見えます。
しかし、豊前にはもう一つ別の鬼の民話が残されています。
鬼の神通力
その名も「求菩提の鬼の神通力」。
こちらの鬼も乱暴者で、作物や牛馬を盗み、人々を困らせていました。
ところが、この鬼には神通力がありました。
村人たちは鬼を追い出そうと考え、
「一晩で岩岳川にふちを造れたら望みを聞く」
と持ちかけます。
もちろん、できるはずがないと思っていました。
しかし夜中に様子を見に行くと、鬼は本当にふちを造り上げようとしていました。
村人たちは大慌て。
そこで現れたのが求菩提の権現様でした。
権現様は鶏の鳴き真似をし、鬼をだましました。
鬼は夜明けが来たと思い込み、逃げ出します。
そして慌てるあまり、村はずれの大きな楠に激突して死んでしまったという。
鬼木という地名
この話を読んでいて、私は不思議に思いました。
鬼は死んだはずなのに、その記憶が地名として残っているのです。
豊前市には「鬼木」という地名があります。
民話によれば、鬼がぶつかった楠があった場所だそうです。
しかも、その楠には今も大きなこぶがあり、鬼の顔のように見えると伝えられています。
鬼退治の話なら全国にあります。
ですが、鬼が死んだ場所の記憶を、地名として残し続けるでしょうか。
それも何百年も。
ここで私は少し立ち止まりました。
豊前の人々は、本当に鬼を忘れたかったのでしょうか。
鬼の首と手足
さらに調べると、鬼の話はまだ続いていました。
築上町湊には「鬼塚」と呼ばれる場所があります。
そこには鬼の首が祀られているという。
また、豊前市八屋の厳島神社には、鬼の手と足が祀られているという伝承が残ります。
つまり鬼の身体は、
頭は鬼塚。
手足は厳島神社。
という形で土地に残されているのです。
普通なら退治した相手の痕跡など残さないのではないでしょうか。
ところが豊前では違いました。
地名として残し。
伝承として語り継ぎ。
神社の記憶として残しています。
島にあった鬼塚
不思議なことに鬼の痕跡は海辺へと続いています。
厳島神社がある場所も昔は明神ヶ浜という浜があったそうです。
そして鬼塚も、現在こそ陸地にありますが、かつては海に浮かぶ島だったそうです。
満潮時には海に囲まれ、干潮時だけ陸とつながる場所。
そして民話には、こんな話まで残っています。
「どんな高波が来ても鬼塚の島は沈まなかった」
それは「鬼の首が海の神にもにらみを利かせていたからではないか」と。
この締めくくりが面白いです。
鬼は退治されたはずなのに、語り手は鬼の力を畏れているのです。
さらに調べていくと、鬼の首が埋められたと伝わる鬼塚には、もう一つ別の伝承が残っていました。
鬼塚(湊)
現在は干拓地になっていますが、それまでは満潮時には浮き島となり、干潮時には砂州が現れ陸続きとなっていました。昔は「魂塚」「鬼塚」といわれ、行善和尚はここで白山大権現が現れ、その言葉により求菩提山を開いたといわれています。伝説では犬ヶ岳の鬼を卜仙が退治した時、鬼の胴は犬ヶ岳に、手足を明神の浜に、頭をここ鬼ヶ州(おにがしま)に埋めたといわれています。
築上町歴史散歩ホームページ から引用
求菩提山を開いた行善和尚が、この場所で白山大権現の啓示を受けたというのです。
つまり鬼塚は、鬼の記憶が残る場所であると同時に、求菩提山信仰の始まりの場所でもありました。
鬼の首が埋められた場所と、霊山開山の始まりの場所が重なっています。
これは偶然なのでしょうか。
神楽に舞う鬼
そして豊前にはもう一つの鬼がいます。
豊前神楽の鬼です。

豊前神楽では鬼は単なる悪者ではありません。
地域によっては猿田彦大神として伝えられ、神の役割を担います。
悪鬼として追われた鬼。
神として舞う鬼。
その両方が、同じ豊前に残っています。
豊前の鬼は何者だったのか
私はまだ答えを持っていません。
ただ、民話を読んでいて感じることがあります。
豊前の鬼は退治される。
しかし消えない。
鬼木として残る。
涙石として残る。
鬼塚として残る。
神社に残る。
そして神楽に残る。
豊前の人々は鬼を恐れていた。
ですが同時に、その力を畏れ、忘れなかったのではないでしょうか。
鬼は悪者だったのか。
それとも別の何かだったのか。
その答えを探しながら、もう少し豊前の鬼を追いかけてみたいと思います。



