宇佐市の貴船神社を訪れたときのことでした。
白鳳寺院として知られる法鏡寺跡に近い境内の一角に、古い瓦がまとめて置かれていました。

その中に気になる瓦がありました。
中央から放射状に花弁が広がる花の文様。
その菊の花のような形は、みやこ町の白鳳寺院の瓦に刻まれた蓮華紋のようにも見えました。
菊なのか、蓮華紋なのか、自分には判断がつきませんでした。

妙見さんの神楽殿
豊前市の大祖神社を訪れたのは、大富神社が管理する磐座「舟石」の整備に同行した日のことでした。
舟石は普段は公開されていません。
大富神社と、史跡ガイドボランディアの方がに同行し、山奥にある磐座まで往復二時間ほどの山道を歩きました。
その道中で聞いたのが、この付近にはかつて複数の神社が点在していたという話でした。
しかし時代の流れのなかで、それらは一つにまとめられたと。
その中心となったのが「大祖神社」とのことでした。
整備が終わった後、大富神社の場所を尋ねると、禰宜さんのお父様である宮司さんが「案内しましょう」と声をかけてくださいました。

石段を登り、境内を歩く。
そこで宮司さんから、この神社が地域では今も「妙見さん」と呼ばれていることや、神楽殿がすでに使われなくなっていることを教わりました。

そして私は、その神楽殿の屋根に目を留めました。
そこに刻まれていたのが、菊のように見える花の彫刻でした。

花が向いている先
「妙見」とは、北極星や北斗七星を信仰対象とする妙見信仰に由来します。
かつて全国には妙見社が数多く存在しましたが、明治時代の神仏分離を経て、現在は別の神社名になっている例も少なくありません。
大祖神社もその一つなのでしょうか。
正式な神社名は変わっても、地域の人々は今も「妙見さん」と呼び続けているそうです。
その呼び名の中に、かつてこの地で信仰されていた星の神の記憶が残されているように思えました。
そこで気になったのが、神楽殿の花の文様でした。
もちろん単なる装飾かもしれません。
しかし妙見信仰について調べていくうちに、別の見方も浮かんできました。
仏教では蓮華が浄土や宇宙を象徴し、妙見信仰では北極星が天の中心と考えられました。

また、国東半島の天念寺で見た庚申塔を思い出しました。
庚申信仰の背景には道教的な宇宙観があり、天を巡る星々への信仰とも深く関わっています。
花の文様がそれらを直接表している証拠はありません。
けれども、宇佐の貴船神社、大祖神社の妙見信仰、そして天念寺の庚申塔を並べてみると、不思議と同じ方向を向いているように見えてきます。
それは天の中心を見つめる人々の視線です。
見えていなかっただけかもしれない

舟石へ向かう山道も、大祖神社の石段も、私にとっては身近な風景の延長線上にある場所でした。
それでも歩き続けるうちに、その風景のなかから妙見信仰や庚申信仰、そして古い人々の宇宙観が少しずつ姿を現し始めるようでした。
見えていなかっただけで、痕跡はずっとそこにあったのかもしれません。
宇佐の境内に置かれた瓦。
使われなくなった神楽殿の屋根に残された花の彫刻。
その小さな発見が、豊前と宇佐に残る古い記憶へとつながっているような気がしています。



