神社を訪れると、大きなクスノキによく出会います。
宇佐神宮の御神木も、薦神社の御神木もクスノキです。

宇佐神宮の式年造営に関わる三つの神社の一つには「大楠神社」という名前も残っています。

仏像にもクスノキが多く使われています。


弥生時代や古墳時代には、クスノキをくり抜いて作られた丸木舟の出土例が各地にあります。
海を渡る船。
御神木。
仏像。
一見すると別々に見えるものの中に、同じクスノキが何度も現れます。
なぜ、古代の人たちはクスノキを大切にしたのでしょうか。
現代では、その理由の一つを科学で説明できます。
クスノキには樟脳(しょうのう)が含まれています。
防虫剤や医薬品にも使われる成分で、虫がつきにくい木として知られています。
そのため、仏像や家具などにも利用されてきました。
では、この性質を古代の人々はどのように見ていたのでしょう。
虫が寄りつかない木。
長く生きる大木。
大きな舟にもなる木。
その姿は、人々にとって特別な存在だったのかもしれません。

私たちは「災厄」と聞くと、地震や台風、あるいは疫病を思い浮かべます。
しかし、稲作を中心に暮らしていた古代の人々にとっては、「虫」もまた大きな災厄でした。
害虫は田畑を食い荒らし、ときには飢饉を招きます。
また病気の一部は、体の中にいる「虫」が原因と考えられていた時代がありました。
江戸時代には庚申塔が流行しましたが、こちらも体内の「虫」に関するものでした。
庚申信仰では、人の体内には「三尸(さんし)」という虫がいて、眠っている間に天へ昇り、その人の行いを報告すると考えられ、江戸時代には庚申講が各地で行われ、多くの庚申塔が建てられました。。
そして今でも「疳の虫」や「腹の虫がおさまらない」という言葉が残っています。
神社やお寺で虫封じが行われている地域もあります。
現代の私たちが思っている以上に、「虫」は暮らしを脅かす存在だったのでしょう。

そう考えると、クスノキの見え方も少し変わってきます。
虫を寄せつけない木。
人々の暮らしを支える舟になる木。
長い年月を生き続ける木。
そのような性質が重なり、神聖な木として大切にされてきた可能性も考えられます。
もちろん、それだけが神木となった理由ではありません。
けれど、日々の暮らしの中で、人々がクスノキの力を経験的に知っていたとしても不思議ではないでしょう。

最近、「鬼」や「海」、そして古い祭祀について調べていると、不思議なくらい同じ言葉に出会います。
船。
クスノキ。
虫。
そして災厄。
それぞれ別々のテーマだと思っていたものが、少しずつ一つの景色になり始めているようです。
古代の人々は、海を渡り、木を選び、神を祀り、虫を祓いながら暮らしていました。
その営みは、今も神社の大きなクスノキや、私たちの暮らしに残っているのかもしれません。



