地震を起こす龍はどこから来たのか――インドの蛇の神さまから、日本の地面の下の龍へ

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前回は、地震を起こす生き物として、ナマズのほかに龍も考えられていたことを書きました。

今回は、その龍がどこから来たのかを調べてみました。

目次

龍のもとは、インドの蛇の神さま

仏教に出てくる龍のもとをたどると、インドの「ナーガ」という蛇の神さまにたどり着きます。

ナーガは水と深い関わりがあり、仏教では仏の教えを守る存在になりました。

ナーガの王さまは、中国で「龍王」と訳されました。

中国には、仏教が来る前から龍の考え方がありました。

インドの蛇の神さまと、中国の龍が重なって、仏教の龍王になったのです。

雨を降らせる龍王

龍王は、雨を降らせる力があると考えられていました。

有名なのが、空海の話です。

天長元年(824年)、日照りが続いたとき、空海は京都の神泉苑で雨乞いをしました。

すると、善女龍王が現れて雨が降ったと伝えられています。

この話は後の時代に語り伝えられたもので、すべてが事実かどうかは分かりません。

それでも、龍に雨を祈る信仰が広まっていたことが分かります。

日本にもいた、蛇の神さま

日本にも、仏教が来る前から蛇を神さまとする信仰がありました。

大物主神や八岐大蛇の話が、その例です。

水や雨に関わる龍と、水辺や山にいる蛇の神さま。

どこか似た二つが、日本で少しずつ重なっていったと考えられています。

地面の下にいる龍

昔の日本人は、地震は神さまのしわざだと考えていました。

地震が起こると、神さまの怒りを鎮めるためにお祭りをしていたそうです。

やがて、中国から地震の原因を考える新しい考え方が伝わります。

鎌倉時代には、それが日本の昔からの信仰と結びつき、地面の下にいる龍や大きな魚が暴れると地震が起こる、という考え方に変わっていったと思われます。

仏教でも、地震は龍のしわざだとされることがありました。

江戸時代のはじめに刊行された「大日本国地震之図」には、龍が日本列島をぐるりと取り囲む姿が描かれています。

龍のひれには、月ごとの地震占いが書かれていました。

龍からナマズへ

その龍が、いつナマズに変わったのでしょうか。

はっきりした時期は分かっていません。

江戸時代の中ごろと考えられていて、龍がナマズに変わることを示した最初の記録は、1679年の松尾芭蕉の句とされています。

ナマズが地震の原因として広く知られるようになるのは、1855年の安政江戸地震のあとです。

ナマズを描いた「鯰絵」がたくさん売り出されました。

そこには、鹿島大明神が要石でナマズを押さえつける姿も描かれています。

龍もナマズも、地面の下の生き物

龍からナマズに変わっても、地面の下の生き物が動くから地震が起こる、という考え方は同じでした。

見えない地面の下のことを、人々は生き物の姿を借りて考えていたのです。

参考

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