熊本県八代市の八代神社で行われる妙見祭。
神輿や笠鉾、亀蛇など、さまざまな出し物が登場するこの祭礼で、行列の先頭を務めるのが獅子舞です。
八代の獅子舞は、中国風の衣装や楽器を使うことが特徴です。
その始まりには、妙見さまと獅子舞を結びつける、ひとつの伝承が残されています。
妙見さまから獅子舞を授かったという伝承
獅子舞を妙見祭に取り入れたのは、江戸時代の八代城下に暮らした豪商・井櫻屋勘七と伝えられています。
勘七は商いのために長崎へ出向くことが多く、その際に長崎諏訪神社の祭礼、長崎くんちで演じられていた羅漢獅子舞を目にしました。
その舞を気に入り、八代の妙見祭にも取り入れたいと考えていたといいます。
妙見祭の公式紹介には、勘七が長崎沖で嵐に遭い、日頃信心していた妙見神に祈ったところ、神が現れて獅子舞の作法を授けたという伝承が紹介されています。
嵐はおさまり、勘七は無事に八代へ帰ることができた。そして、授かった舞を忘れないように書き留めたといいます。
一方、八代市立博物館の資料では、勘七が21歳の秋に長崎へ渡り、太鼓やチャルメラの演奏を習い、舞い方を工夫したことが紹介されています。
獅子舞は元禄4年(1691年)、初めて妙見祭に奉納されました。
獅子舞と妙見信仰の接点
獅子舞は、仏教の伝来とともに大陸から伝わり、寺社の法会や祭礼で演じられるようになったものとされています。
八代市の説明によれば、獅子舞には悪霊を退散させ、その場を清める役割があり、妙見祭でも行列の行く手を清めるために先導を務めています。
妙見祭の獅子は、雄と雌の二頭で一対。
一頭の獅子には二人が入り、頭と前足、尻尾と後足をそれぞれ受け持ちます。太鼓やチャルメラ、ドラなどの音に合わせて舞います。
長崎で見た獅子舞をもとに、勘七が工夫を加えて八代独自の獅子舞を作り上げたと伝えられています。
獅子楽の伝承に登場する妙見の姿
八代市立博物館には、江戸時代18世紀の「叱乱妙見尊像」という掛軸が収蔵されています。
亀蛇に乗り、頭上に剣を掲げた妙見の姿が描かれています。
博物館の解説では、この荒々しい姿について、獅子楽の由来に登場する、長崎沖で遭難しかけた勘七の前に現れた妙見は、このような姿だったのではないかと推測しています。
この掛軸は、妙見信仰と獅子楽の伝承を考えるうえで、興味深い資料です。
妙見祭の行列を先導する獅子
現在も八代妙見祭では、獅子舞が神幸行列の先頭を務めています。
獅子舞は、妙見祭に奉納するために取り入れられ、300年以上にわたって受け継がれてきました。
長崎で見た舞を八代へ持ち帰った町人の思い。そして、海上で妙見神に救われ、獅子舞を授かったという伝承。
そこには、祭礼のなかで獅子舞が大切にされてきた歴史があります。
妙見さまと獅子舞が、どのような意味で結びついてきたのか。
伝承と資料を見比べながら、八代妙見祭に残る獅子の姿を見てみたいと思います。
参考資料
- 八代市「妙見宮祭礼の獅子舞楽」
- 八代市立博物館未来の森ミュージアム「獅子舞の由来と獅子組」
- 八代市立博物館未来の森ミュージアム「叱乱妙見尊像」収蔵品解説
- ユネスコ無形文化遺産 八代妙見祭公式サイト「神幸行列の紹介」
関連記事





