京都の貴船神社はひとつだった気が…
(この記事はnoteで2022年8月3日に公開した記事を移行したものです)
子供時代に大阪に住んでいた時、貴船神社といえば京都府左京区鞍馬貴船町の貴船神社ひとつでした。(川床料理やサスペンスで有名な)
今でもGoogleMapで「京都府 貴船神社」と検索したら、その貴船神社しかヒットしないので、おそらく京都の貴船神社といえば、あの貴船神社なのです。
それから広島、北九州と移り住み、そして豊前市に移住してきたところ、自分の記憶のなかでは一つしかなかった「貴船神社」が中津市・宇佐市を中心にとにかく多くて驚きます。
Googleマップで検索してみたら、中津市は34社で、宇佐市は42社です。
豊前市は8社だけでしたが、合祀された貴船神社も沢山ある様子。
もっと多かったのかもしれません。
なぜ貴船神社の本家とされる京都市よりも、沢山の貴船神社が中津市と宇佐市にあるのか?

豊前市の貴船神社に関しては、以前歴史に詳しい方から「ため池があるし水不足が多い土地だったから水の神様を招いたのではないでしょうか」と聞いたことはあります。
「では中津市と宇佐市ではどうなのでしょう」とお尋ねすると、よく分からないそうでした。
特に宇佐市では川沿いの貴船神社が多いように見えました。
川というだけでは水が使いにくいということはあるのかもしれませんが、それにしても川の近くに沢山あるというのが引っかかります。
もちろん暴れ川を鎮めるためという可能性もあるかもしれませんが…。
地域の民話にも残るような地元の龍神・水神たちを差し置いて、遠い京都の神社の御祭神を?
なぜ??
実際にいくつか貴船神社や貴船神社が合祀された神社の社殿を見ても、「京都から勧請された」だけではないように思います。
こんなに山奥なのに、誰がいつ京都の貴船神社から勧請しようとしたのか。
大人になって、思いがけず身近になった貴船神社の謎。
この謎が、思いがけない大きな謎につながっていたのでした。

豊前市 貴船神社(上川底)
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